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東京高等裁判所 昭和25年(う)5296号 判決

控訴人 被告人 高木操

弁護人 高林茂男

検察官 松村禎彦関与

主文

本件控訴はこれを棄却する。

理由

弁護人高林茂男の控訴趣意は同人作成名義の控訴趣意書と題する末尾添附の書面記載のとおりである。これに対し当裁判所は次のように判断する。

第一点しかし所論臨時物資需給調整法第一条第一項は主務大臣は供給の特に不足する一定の物資について譲渡に関して必要な命令をなすことができる旨規定しているが譲渡行為と相表裏の関係にある譲受行為も譲渡に関するといい得るばかりでなくこれについても必要な命令をすることができるものと解するのが同条第一項に掲げる目的精神から考えて相当である。譲受行為を放任することは同条の精神から考えて許されない。これを配給の面から控制するだけでは不十分である。従つて所論農林商工省令第六号第三条が真珠の「譲り受け」を禁止したのは前掲調整法の委任の範囲を逸脱したものでないと解すべきである。原判決がこれと同旨の見解に出でたのは相当である。なおかく解しても罪刑法定主義に反する類推解釈を許すものでないし、憲法に反するものでもない。論旨は理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 吉田常次郎 判事 石井文治 判事 鈴木勇)

控訴趣意

第一、原判決には法令の適用に誤があり而も其の誤りは判決に影響を及ぼすことが明かであるから原判決は破棄すべきである。左に其の理由を陳述する。

一、原判決は左の事実を認定し之に対し、臨時物資需給調整法第一条第四条第一項昭和二十三年農林商工省令第六号第三条罰金等臨時措置法第二条第一項等の法令を適用して被告人を有罪と断定した。即ち被告人は法定の除外事由がないのにかかわらず、昭和二十四年一月十九日から同年四月二十九日までの間、肩書居宅で真珠販売業山本常夫から他に販売の目的で別表記載の通り真珠及同製品を買受けたものである。と。(別表の引用は省略する。)

二、然しながら右認定に係る真珠の買受行為を罰することは不法である。何となれば前示農林商工省令第六号第三条の規定は、農林商工大臣に委任された範囲を超越して発せられた違法の規定であるからである。左に其の詳細を説明する。

三、前記農林商工省令第六号は行政官庁法第六条即ち各大臣は主任の事務について法律若しくは政令を執行するために、又は法律若しくは政令の特別の委任に基いて総理庁令又は省令を発することができるとの規定に依り発布されたものであるが、其の委任法令が臨時物資需給調整法であることは同省令の上文の記載によつて明かである。

四、然らば臨時物資需給調整法は如何なる事項を委任しているかを検討するに、同法第一条第一項には主務大臣は産業の回復及び振興に関し、経済安定本部総裁が定める基本的な政策及び計画の実施を確保するために、左に掲げる事項に関して、必要な命令をなすことができる。一、経済安定本部総裁が定める方策に基く物資の割当又は配給。二、経済安定本部総裁が定める方策に基く供給の特に不足する物資の使用の制限又は禁止。

三、経済安定本部総裁が定める方策に基く供給の特に不足する物資の生産(加工及び修理を含む。以下同じ。)出荷若しくは輸送若しくは工事の施行又は物資の生産、出荷若しくは輸送若しくは工事の施行の制限若しくは禁止。四、経済安定本部総裁が定める方策に基く供給の特に不足する物資又は遊休設備の譲渡、引渡又は貸与。と規定してあつて、物の買受行為を禁止する命令を発することができる旨の規定がない。

五、右の如く臨時物資需給調整法は各省大臣に対し、物の買受行為を禁止することのできる命令を発することを委任していないにも拘らず農林、商工大臣が前記省令第六号第三条に本件真珠及真珠製品の譲受行為を禁止又は制限する旨を規定しているのは明かに前示行政官庁法第六条に違反する規定と言わなければならない。

六、殊に臨時物資需給調整法第四条によれば右省令に違反した者に対しては十年以下の懲役又は十万円以下の罰金の制裁が科せられ、更に情状により其の双方を併科されると言ふ憲法で保障されている基本的人権である自由権を侵害する結果を招来する程であるから右省令第三条は憲法違反の命令と言うことができる。

七、斯る憲法違反の規定によつて被告人を有罪と断じた原判決は正に法令の適用を誤つたものであることは明白である。

八、原判決は此の点に関し弁護人の主張を排斥する理由として臨時物資需給調整法第一条第一項には「左に掲げる事項に関して必要な命令をなすことができる」とし、その第四号に「譲渡」とあるから「譲渡に関する事項の必要な命令」をなすことができ、これに関連する「譲受」についての命令も当然その中に包含されるものと解するのが、同法第一条の精神に合致するのである。と述べているがそれは実に暴論と言わねばならない。左に其の理由を述べる。

(イ)我が日本国は明治憲法以来法治国として列国に認められ昭和憲法たる新憲法に於ても何等変更されたとは考えない。而も明治憲法に於ても新憲法に於ても罪刑法定主義を採用していることは其の第二十三条(明治憲法)第三十一条(新憲法)により明かである。而して罪刑法定主義は当然に類推解釈を禁止しているものである。

(ロ)刑罰法令は厳格に解釈しなければならないとの原則に違反している。右法律が特に「譲渡」のみを其の取締の対象として「譲受」については何等の規定を設けなかつたのは「譲渡」と言う能動的な積極的な行為を主眼としているからであつて、「譲渡」を禁止し且つ処罰することによつて間接的に「譲受」けなる受動的、消極的行為を取締ることが可能であるからであり又処罰も「譲受」行為迄対象とする必要がないと考えられたためと解される。

(ハ)若し原判決の如く解するなれば国民は安閑として法律の条文のみに頼ることができない。何時何処に法律の陷穴があつて懲役に行かなければならないようなひどい目に遭わないとも限らないと言う様なことになる。之が一体法治国に於ける法律生活と言えるであろうか。いわんや国民の大部分が法律などと言う難かしいものに縁遠いものであるに於ておやである。

(ニ)法律では「譲受」についても取締らなければならないような重要な物資については「配給」と言う面で十分取締つているのである。所謂割当公文書若しくは切符(衣料切符の如き)と引換で物資を譲受けることは「配給」という言葉で十分取締の実を挙げることができる。

(ホ)更に又若し「譲渡」が「譲受」を含むならば同じ条文中でも第三号中に生産(加工及び修理を含む)と括弧書き迄している位であるから第四号の「譲渡」でも「譲受けを包む」と括弧書きすることによつて容易に取締ることのできる命令を出すことができる。然るに「譲渡」に関しては特に生産の如き拡張若くは類推解釈を与えていないことからでも単なる「譲受行為」は取締の対象としていないことが判る。

九、以上の理由により原判決は被告人に対し憲法違反の法令を適用して有罪判決を言渡したものであるから破棄を免れないと思料する。

十、尚新憲法第八十一条は違憲審査権は必ずしも最高裁判所に限られるものでないことを規定しているものであるから、御庁に於て速に前示農林、商工省令第三条の規定が憲法違反なりとの御裁断を仰ぎ依つて以つて国民をして安んじて法律に従う精神を涵養されんことを望む次第である。

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